戦争映画

http://www.spacelan.ne.jp/~daiman/hon/dvd03.htm
http://sea.advenbbs.net/bbs/sakon.htm

◇映画を知るという事
>出撃前にダンスパーティもやっているし、余裕なのか国民性の違いなのか
答え:映画の演出だから。
メンフィスベル」という映画は青春映画として売って公開当時大ヒットしました。しかし少しでも戦争に知識のある人ならこの映画は、どうしようもなく嘘つきなのは自明でしょう。


最大の嘘つきは、映画中で爆撃機上の彼らがドイツの市街地に爆弾を落とさぬよう努力することでしょう。敵の民間人と市街地の破壊を行う戦略爆撃は、現在まで人類が犯してきた最も残酷な戦争犯罪です。その進化したものが市民も兵士も嫌応なく全て殺す原爆です。


こうした書き方をすると勝手な意見と思うかもしれません。しかし戦略爆撃とは何であったかの研究は最近急速に進み、多くの事がわかっている。例えば
空爆の歴史:終わらない大量虐殺」荒井信一著 岩波書店, 2008.8
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0808/sin_k427.html


もう一つ映画的に言えばこの映画は、親父の残した戦争の真実を描いた題材を娘が金儲けのために使ったという点でも嘘つきですね。即ち「メンフィスベル」なる映画は親父ウィリアム・ワイラーにより1944年にドキュメンタリーとして制作されており、
http://us.imdb.com/title/tt0036152/
この1990年の「メンフィスベル」は娘がそれをもじって作ったという経緯がある。しかしその内容はまるで違う。1944年の「メンフィスベル」は日本でもDVDが出ていたと思います。もし戦争映画に関心があるというなら、そういう知識を持った上で見るべきではないのか?
少なくともこんな金儲けのための映画だけを何回も見てイイなどと言っても、それこそ敗戦国の平和ボケの若者が自分を欺くための嘘でしかないでしょう。


◇日本の戦争映画の意味
>私は間違っていないと思っている。見解の相違です。
違いますね、歴史的事実を知っているか否かの問題です。


この影丸という人は「映画は娯楽だ、勉強じゃない」と言い訳をいいながら、実は「映画は事実なんだ」と自分の思い込みを自白している訳です。


もし戦争映画が本当に娯楽に過ぎないのなら、日本軍が敵軍となっている中国の戦争映画も大変楽しい娯楽であることを理解できるはずです。この影丸という人はそれをプロパガンダだという、つまり最初から他国の戦争映画は、日本を捏造により批判していると勝手に想像して、日本をけなすものは駄目だと想像している訳です。


その結果が田母神の妄言支持ですね。この人がもし戦争映画を純粋に娯楽として見ているなら、田母神のことなんて関係ないでしょう。だって映画(スクリーンの中の楽しみのための作り事)と田母神(日本の現実)はなんの関係もないはずなんですから。


ではどうしてこの方は田母神を支持してしまったのか?それはやはり戦争映画がもたらす教育効果でしょう。確かにアメリカの戦争映画は楽しいでしょう、しかしこう他人に指摘されれば、同時にそれが教育や宣伝の役割を果たしていることを、自覚したのではありませんか?


もう1点、この方が大変幼稚なのは日本の戦争映画を見ていない事ですね。日本の戦争映画は色々ありますが大勢としては、自国を賛美していません。そういう意味で日本の戦争映画は世界的にみて大変珍しい存在だと言えるでしょう。この方が中国の戦争映画が日本軍が敵役だからプロパガンダというなら、日本の戦争映画もプロパガンダという事になるでしょう。


そんなはずがありません。ではそれは何か? 「それが事実だから」ですよ。



◇田母神は間違っている
>田母神氏の「日本は侵略国家ではない」というのは基本的には間違っていない
>自国が侵略などしたことがないと明言できる国がどれだけあるでしょうか?
通りがかりで申し訳ないが明らかにこの影丸という人は間違っていますね。
この人は戦争映画のかっこいい戦闘シーンだけを見て勝手な思い込みをしているのでしょう。もしこの人が各国はみんな侵略ばかりしているだから、戦争とはそういうものだ、だから侵略か否かは問題にしなくていいのだと言いたいなら、中国の戦争映画を見ることをお勧めしますよ。
 そこでは侵略ということがもたらす市民の苦しみとそれへの彼らの怒りを感じるはずです。戦争というのは戦闘ではない、武力を持った軍隊がある地域を支配し勝手にする事それによってもたらされる全ての事が戦争なのです。


この方がなぜ間違ったかは簡単です、かっこいいアメリカの戦争映画ばかり見ているからです。そこでは戦争のもたらす悲しい場面はない、なにせアメリカ映画は嘘つきなので常に勝利場面しか戦争映画の題材にしていないからです。アメリカの戦争映画が嘘つきなのは歴史と映画を対比させばわかります、映画だけを見ていたらわからない。


またアメリカの戦争映画ばかりを見るという事はプロパガンダを自らに施しているとも言えるでしょう。


またこうも言える。この方は戦争映画のDVDのコレクションを誇っているようだが残念だがそれはあまりに偏っている、コレクションが少なすぎるという事ですね。コンバットから遠すぎた橋までの期間の娯楽的なアメリカの戦争映画しか見ていない。しかし戦争はそれ以前もまた各国で行われた、例えば日本の戦争映画はどうなのか?そんな事を少しでも考えれば間違っても田母神が正しいなどとは書かないでしょう。

私は貝になりたい映画評

JAPAN TIMES(MARK SCHILLING)

Making a case for a 'war criminal' By MARK SCHILLING Rating(2.5/5)
JAPAN TIMES Friday, Nov. 21, 2008
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/ff20081121a3.html
=大意:仲居の演技は悪い、演技しすぎ。命令した上官も含め彼は自分を無罪と信じ、それは田母神自衛官と似る。戦争犯罪を非常に極端な例だけに限って見せて、当たり前のようにそれが無罪だったと見せているが、他はどうだったのか?仲居に同情するなら他のケースはどうなるのか?又反戦を継承しているがアジアの殺された人々に映画はなんと言うのか?
また戦争を知らぬ若い世代は映画から何も得ないのではないか?

Based on a novel by Tetsutaro Kato, the 1958 TV drama "Watashi wa Kai ni Naritai" ("I Want to Be a Seashell") became a paradigm-shifting hit when it was broadcast on KRT Television, the predecessor to the TBS network.

Back then, the still-mighty Japanese film industry looked down on the programs of their small-screen brethren as vastly inferior to their own product. A world-class auteur like Akira Kurosawa would sooner fly to the moon than work in TV. Telling the story of a small-town barber who was tried as a war criminal in Occupation-era Japan, "Watashi wa Kai ni Naritai" enjoyed a smashing popular and critical success that signaled TV was here to stay ? and that the days of the supremacy of movies were numbered.

The drama inspired a 1959 film scripted and directed by Shinobu Hashimoto, who had been Kurosawa's scriptwriter on "Rashomon," "Ikiru" and "Shichinin no Samurai" ("The Seven Samurai"). Kurosawa gave Hashimoto his blessing for the film, his first as a director, "but you only have a C-class script," Kurosawa told him.

In 1994, TBS broadcast a new version, with George Tokoro playing the barber, a role originated by Frankie Sakai in the first drama and film.

Now there is a second film, with a revised script by Hashimoto, now 90, and directed by TBS veteran Katsuo Fukuzawa. Why now? TBS is celebrating the 50th anniversary of the drama, which in the commemorative-minded local- entertainment world is reason enough to crank up for a remake.

Also, the original's soft nationalism, with its argument that ordinary Japanese were more the war's hapless victims than its perpetrators, is gaining popularity again (as is the not-so-soft version advocated by certain Self-Defense Force officers).

As is often the case with Japanese commercial dramas about the war and postwar, "Watashi wa Kai ni Naritai" is baldly sentimental, with strenuous overacting by all the principals and a loud, literal-minded score by Jo Hisashi.

The worst offender is Masahiro Nakai, a member of the now middle-age boy band SMAP and a frequent presence on TV. Playing Toyomatsu Shimizu, a humble barber in a Kochi Prefecture fishing village, he gives every expression a record-breaking spin ? from the smiliest-ever smile to the darkest-ever look of doom. Being "on" every living second, he never gives us time or space to feel ? instead he does it all for us. As his long-suffering wife, Fusae, TV drama queen Yukie Nakama plays wide-eyed purity to a fault and looks somewhat thick-headed as a result. With Fusae as his closest ally, doggedly and ineffectually trudging through the snow to collect signatures on a petition for a retrial, I had a bad feeling about Shimizu's chances.

The film begins in 1944, with Shimizu, a married man with a child and a permanent limp (which Nakai exaggerates), exempt from the military but enthusiastically cheering on a uniformed friend bound for the front. Then he gets his own draft notice and immediately collapses into a black mass of despair. Though assigned to a home-guard unit, he undergoes the often-portrayed hell of the wartime Japanese military, personified by a brutal sergeant who slaps his face to a bloody pulp.

Then, as U.S. bombs rain down hell of a different kind on Japanese cities, Shimizu's unit is sent to round up a crew of downed American fliers. With their superiors and comrades watching, Shimizu and another unfortunate soldier (Yoshiyoshi Arakawa) are ordered to execute the prisoners with their bayonets. They have no choice but to obey.

The war ends and Shimizu is trying to resume his old life when he is arrested by the military police and thrown into Sugamo Prison as a war criminal, with a possible death sentence hanging over his head.

Shimizu, understandably, believes himself blameless. In fact, he and most of his fellow prisoners are decent sorts, including Lt. Col. Yano (Koji Ishizaka), who gave the order for the airmen's execution and delivers an impassioned condemnation of U.S. carpet bombings prior to his date with the gallows.

The filmmakers, however, have loaded the moral dice by making an extreme case like Shimizu the protagonist, instead of the more numerous torturers and murderers of POWs who rightly ended up on the war-crimes docket.

Also, the film presents the captured fliers as nullities. The one Shimizu stabs utters not a sound, while his face is barely shown. Nonetheless, its portrayal of the Imperial Army as absolutely intolerant of dissent rings true enough. Shimizu would have signed his own death warrant by refusing to obey a direct order.

The film also deserves its antiwar label that has been applied from its first incarnation as a drama. Shimizu becomes thoroughly sick of the military insanity, from both sides, that has destroyed his life. His wish ? expressed in the film's title ? is to be reborn as a seashell, deep beneath the waves and far away from war.

But what will the younger generation, who knows little of the war's reality, take away from the film? That wonderful folks like Shimizu did nothing wrong. That, save for a few bad apples, neither did anyone else in these green and beautiful islands. As for the 30 million Asian dead? Well, there's a speech on victor's justice I'd like you to hear.

名脚本家の50年越しの問題提起:60点 町田敦夫(超映画評)

http://www.cinemaonline.jp/review/raku/4861.html
 ちょうど半世紀前に放送された同名テレビドラマのリメイク作品だ。脚本は1958年のオリジナル版や、1994年の最初のリメイク版と同じ橋本忍。数々の黒沢映画に脚本を提供し、今年90歳になる老大家にとって、本作はことのほか思い入れの強い作品であるらしい。理髪師の清水豊松は、戦時中、上官の命令で捕虜の殺害に手を貸した。戦争が終わり、妻子との平凡な日常を取り戻したかに見えたある日、彼は戦犯として逮捕され……。
 老大家には失礼ながら、序盤の展開は少々ユルくて古臭い。久石譲の音楽もわざとらしくて大仰だ。だが、主人公が戦犯法廷で裁かれる段になると、作品の密度は一気に上がる。不十分な事実認定、偏向した裁判官、保身に走る上官、稚拙な通訳、弁護士の不在。監督の福澤克雄はこうした諸要素を畳みかけ、主人公の寄る辺なさと、戦犯法廷に対する疑問を効果的に表現する。首相の靖国参拝が毎回問題になるのは、そこに戦争“犯罪者”が合祀されているからだ。その意味で、「そもそも戦犯とは何なのか」と問題提起する本作は、いまも今日性を失ってはいない。
 58年版のフランキー堺、94年版の所ジョージに続き、今回はSMAP中居正広が主人公の理髪師を演じた。善良で実直ではあるが、決して男らしくも立派でもない小市民像に、中居の個性がピッタリはまる。とりわけアイドル顔を封印して演じた、巣鴨プリズンに収監されてからの揺れがいい。まあ、髪を丸刈りにして撮影に臨んだだけでも、かつてポニーテールのままで特攻隊員の役を演じた誰かさんより真摯ではあるな。
 ただ、その小市民像が映画の主人公として魅力的かどうかは、また別の話だ。愛すべき妻子や、苦労して構えた店がありながら、死を前にした豊松は、自分の障害や不運に対する恨み辛みばかりを言い立て、「何もいいことのない人生だった」と愚痴るのみ。「貝になりたい」という発言に潜む家族への裏切りに、多くの善男善女は背を向けるだろう。

中居正広の個性を評価したい:65点 渡まち子(超映画評)

http://www.cinemaonline.jp/review/kou/4928.html
 伝説的TVドラマを名脚本家・橋本忍が自ら改訂して再映画化したのが本作。理髪店を営む清水豊松は、突如、戦犯として逮捕される。軍隊の非情な実態や、弱者に犠牲を強いるB・C級戦犯裁判の不公正に、誰もが怒りを覚えるだろう。この物語がTV草創期の1958年に生まれたことが驚きだ。旧作の主演は名優フランキー堺だが、彼の演技を真似るのではなく、平凡で誠実な青年というイメージで演じた中居正広の個性を評価したい。ただ、希望の光が見えた裁判が不条理に覆されたからくりを掘り下げてほしかった。21世紀の今だから語れる事実もあるはずと推察できるだけに残念。

あの日僕らの命はトイレットペーパーより軽かった〜カウラ捕虜収容所からの大脱走 NTV

演出:大谷太郎  脚本:中園ミホ 出演:小泉孝太郎大泉洋阿部サダヲ加藤あい山崎努淡島千景 
関連ホームページ http://www.ntv.co.jp/cowra/ 
…かつて第二次世界大戦で兵役についていた朝倉憲一(山恕W努)は、孫娘・舞(加藤あい)に連れられ、オーストラリア・シドニーの西320kmにあるカウラ(Cowra)という小さな町にたどり着いた。事情を何も知らない舞は、憲一が何故今ここに来たのか、何をしに来たのかわからないまま、目の前に広がる何もない荒涼とした大地に呆然とする。憲一は“ある想い”を胸にこの地にやってきたのだった。その昔、自分が”捕虜”として過ごした地、カウラに。64年前、ここで起きた出来事。そして、届けられなかった戦友の想い
 昭和19年1月。 夏九八五三部隊に所属する兵長の朝倉憲一(小泉孝太郎)は、上官の嘉納二郎伍長(大泉洋)と共にニューブリテン島で連合国軍と戦っていた。悪化する戦況。食料も尽き、仲間ともはぐれ、何十日もひたすら逃げ続けることしか出来なかった2人の前に、ある日、連合国軍の海兵隊が現れる。ついに、ここで殺されてしまうのか。それとも捕虜となり辱めを受けるのか―。当時、日本政府は日本兵の捕虜は存在しないと公表していた。捕虜になることは“戦死”つまり、“死”として家族にも伝えられていた。「生きて虜囚の辱めを受けず。死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」叩き込まれた「戦陣訓」が憲一の頭をよぎる。これからどんな苦難が待ち受けているのか、どんな残酷な方法で処刑されるのか。いっそ殺してくれ、と懇願する憲一だったが、その願いは聞き入れられないままオーストラリアへと連行されてしまう。そうしてたどり着いたカウラ第12捕虜収容所で、憲一は“思いもよらない光景”を目の当たりにする。 野球、麻雀、花札をはじめとする遊びに興じる日本人捕虜たち。十分な食事、そして十分すぎる自由。捕虜に身をやつす自分が、この体たらくで良いのか。生き恥をさらしながらもおめおめと生きていていいのか、それとも潔く自決すべきなのか――答えのない自問を繰り返す憲一だったが、数ヶ月前までの激戦が嘘のように、ただただ、のどかな時間が流れていくのだった。
 ところが、ある日、黒木(阿部サダヲ)という軍曹たちが新たに捕虜としてやってくる。「生きて虜囚の辱めを受けず。死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」平和な日々の中で憲一たちが忘れかけていた、あの「戦陣訓」を声高に叫ぶ黒木たち。自分は今、何をすべきなのか?それまでの安穏とした日々が少しずつ、変わっていく。 そして、1944年8月のある満月の夜―

◇新聞各社の報道メモ
「戦陣訓の悲劇を問う」(赤旗、6月22日)
http://www.asyura2.com/08/senkyo51/msg/419.html
「虜囚の恥が招いた悲劇」(東京新聞、6月26日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2008062602000122.html
「インタビュー脚本家・中園ミホ」(産経新聞、7月3日)
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080703/tnr0807030811002-n1.htm


◇スポーツ報知「小泉孝太郎、名誉の死へ大脱走
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20080408-OHT1T00076.htm
 脚本は「anego」「ハケンの品格」で知られる中園ミホさん(48)。87歳になる叔父からカウラでの実際の捕虜生活を聞かされた中園さんが「いつか表舞台に出さなければいけない史実」と思いを巡らせ、ようやく実現した作品。配役も主役に小泉、その上官には大泉洋という「ハケンの品格」のコンビに即決したという。

 同局では55年企画として戦争を題材にスペシャルドラマの3部作を構成。3月に放送された第1弾の「東京大空襲」は、町中を火の海にする爆撃シーンを再現したが、今回は「爆撃などの派手な戦争ものではなく、ヒューマンドラマとして見てほしい」と次屋尚プロデューサー。さらに第3弾も今後登場することに。

◇日テレ記者会見
http://dogatch.jp/blog/news/ntv/0806192025.html
記者会見が行われ、伯父から聞いた実話をもとに脚本を仕上げた中園ミホ・出演者がともにこのドラマへの重厚で痛切な想いを語ってくれた。

【プロデューサーコメント】
このドラマはほかの戦争ものとは位置づけが違うのではないかと思います。多くの戦争ドラマは突撃、殺戮、虐殺というのを描くことにより、その戦争の悲惨さを描きますが今回は戦闘機の一機も、戦車も出てきません。そういう意味で通常の戦争ドラマとは一線を画しているものではないかと思います。よく人は「なぜ生きてるんだろう」と、いつも問いかけや疑問を持つ時があるかと思います。このドラマはまったく逆で、「なぜ死ぬんだろう、なぜ死なないといけないんだろう」という思いを題材にしています。ラストシーンでは現在の渋谷のスクランブル交差点が出てきますが、そこに歩いてる方々ひとりひとりが、それぞれに生きていて、それぞれに歴史があるということにもこのドラマを通じてすこしでも感じてもらえたらと思っております

【脚本・中園ミホ コメント】
シナリオライターになってからいつかこの話を必ず描かなければいけないと思っていました。このドラマでの最高の幸運はこの小泉さんと大泉さんに演じていただけたことだと思います。ものすごい集中力と、気迫で演じてくれ、小泉さんは一番重要で重いシーンの撮影日、きょうは話しかけないでというオーラを出してまして(笑)、大泉さんもいつも腹筋が痛くなるほどおもしろい方なんですが、ひとこともおもしろいことを言わず、おもしろいどころか何も口を利いてくれないんです、食事もとっていないと聞いて心配になったことがありました。熱い気迫を感じて奇跡が起こる、そう思いました。恋愛ドラマなどいままで書いてきましたが、こんなに視聴率がほしいと思ったのは初めてです。

☆どうか、戦争を知っている方も、戦争を知らないこの現代を生き抜くみなさんも、その胸に深く焼き付けてください。


◇読売新聞(2008年7月2日)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/tv/20080702et07.htm
日本人捕虜の集団脱走:日テレ系証言を基にドラマ化
 オーストラリアの小さな町カウラで、戦時中、収容所から日本人捕虜が集団脱走を図り、多くの犠牲者を出した事件があった。脚本家・中園ミホさんが、母方の親族の証言を基に脚本化したドラマ「あの日、僕らの命はトイレットペーパーより軽かった カウラ捕虜収容所からの大脱走」が、8日午後9時から日本テレビ系で放送される。現地の収容所跡地や日本人墓地で行われたロケに同行した。(清岡央)
 主演は小泉孝太郎。メーンとなる戦時中の場面は国内で撮影され、カウラでは戦後の主人公を演じる山崎努が孫役の加藤あいを伴って、戦後初めてカウラを訪れる場面が撮影された。短いシーンだが、「現地ロケなしでは作品が成立しない」(中園さん)というほど、重要な意味を持つ。

 撮影が行われた収容所跡地は、今では一面の草原になっていた ドラマは6発の弾丸を受けながら、一命を取りとめた中園さんの大おじ・佐藤憲司さん(87)の体験を基にした。捕虜だったことすら家族に明かさなかった佐藤さんが、中園さんを伴ってカウラを訪れたのは28年前。戦友たちが眠る日本人墓地を訪れた佐藤さんが号泣し、そのとき中園さんは初めて事件の存在を知らされた。帰国し、事件について調べるうち、「恥ずかしい」「戦友に申し訳ない」という、生き残った捕虜たちの意識がその口を閉ざし、事件を広く知られないままにしていることを知った。
 「やまとなでしこ」(フジテレビ系)、「ハケンの品格」(日本テレビ系)などのヒット作で知られる中園さんは、「ほとんどの人が、家族にも言えないまま亡くなっていった。脚本家としてその事実を伝えたい、知ってもらいたいと思った」と、ドラマ化の構想を温め続けてきた。
 ロケは4月に行われ、事件の犠牲者が眠る日本人墓地は、地元の人たちによってきれいに手入れされ、芝の青さがまぶしかった。つえを手にした山崎が墓碑銘を読みながら犠牲となった戦友の名前を探す場面では、前かがみで歩く山崎の目から涙がこぼれた。

 戦争に関する本を何冊も読み、山崎自身が練った演技プランの中では、涙は想定していなかった。それが、現地ロケでは涙が自然とあふれた。「あの場所にはそういう力がある。来た甲斐(かい)があった」と山崎は語る。山崎の演技を見て中園さんは、「大おじに似ている」と驚いた。顔かたちは異なるが、撮影が進むうちに表情やしぐさが佐藤さんそっくりに見えたという。
 戦時中は疎開も経験し、「軍国少年だった」という山崎。「あのころ、危機感を感じずに過ごせたのは、佐藤さんのように、守ってくれた大人たちがいたから。俳優として自分にできることをやらないといけない。感謝を演技で表さないと」と、その思いを語る。

 ガソリンスタンドの店主役で出演した地元のドン・キブラーさん(72)のセリフは、加藤あいに向けた「64年前にこの町で何があったか、君は知らないのか」というもの。日豪友好活動に長く携わってきたキブラーさんは、「すべての日本の若者に話しかけるつもりで演技した」と話す。

 ロケの終盤、集団脱走事件が起きた収容所の跡地から、中園さんは携帯電話を使って佐藤さんに国際電話した。「今、収容所の跡地でロケしているの」。途中で電話を替わった山崎も、短く言葉を交わした。「(佐藤さんは)感激して、うまく言葉になっていなかったみたい」と中園さん。事件から64年が過ぎた収容所跡地の上には、紺碧(こんぺき)の空がどこまでも広がっていた。

映画「靖国」感想レビュー

http://blog.livedoor.jp/tsubuanco/archives/51164362.html
http://d.hatena.ne.jp/madogiwa2/20080503
http://d.hatena.ne.jp/samurai_kung_fu/20080520
http://d.hatena.ne.jp/satohhide/20080515
http://d.hatena.ne.jp/hiccough/20080517
http://d.hatena.ne.jp/gaikichi/20080517

毎日新聞 2008年5月2日 東京夕刊

シネマの週末・この1本:靖国 YASUKUNI
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20080502dde012070002000c.html
◇中国人監督の見た「神社」
 政治家の横ヤリや映画館の上映自主規制など、大変な目に遭った話題の映画。公開にこぎつけて、めでたしめでたしである。これほど大騒ぎすべき作品かどうかを含めて、興味のある方は、ぜひともご自分の目で確認してほしい。

 中国人の李纓(リイン)監督が10年かけて靖国神社を取材したドキュメンタリーだ。宗教と政治、文化が複雑に絡み合う靖国神社のさまざまな顔を明らかにする。

 横軸となるのは、“現在進行形”の靖国神社。参拝者も反対運動家も熱烈で、両者の主張は相いれない。殺気立ち、時にこっけいな光景の連続で、特異な磁場が生み出されていく。

 そのナマ臭さと、老刀匠が日本刀を鍛える厳かな姿が対比される。刀匠は戦争中、軍人に贈られる「靖国刀」を鍛造したという。日本刀に対する日本人の心性や、靖国神社と戦争の結びつきといった歴史を浮かび上がらせて、これが映画を貫く縦軸となる。

 説明を排して映像を並べ、観客に供するという仕掛けだ。難しい題材をじっくり取材した李監督の努力には敬意を表したい。

 しかし、映画としての出来栄えとなると、いささか心もとない。

 まず冗長だ。説明のない断片的な映像の羅列は、最初こそ刺激的だが、やがて飽きてくる。

 そして、監督の意図が見えにくい。「説明しないこと」は「中立」とイコールではない。映像も編集も選択の結果だ。終盤に戦時中の映像や写真を並べた構成からは、この部分にだけ監督の主張がにじみ出たような印象を受ける。映画全体のバランスを崩してしまった感があり、釈然としない。

 靖国神社について考え直すための得がたい教材であることは間違いない。その意味では、一見の価値は十分以上にある。しかし、「反日的」と見るのは買いかぶり。一外国人の見た靖国神社として受け止めるべきではないか。2時間3分。シネ・アミューズ。(勝)

◇もう一言

 カットのつなぎの悪さ、メリハリがない緩慢な映像など、記録映画として突っ込みどころは満載。だが、ナレーションを取っ払った“演出”など、さえた面も併せ持つ。日本人に思考を促す意欲作ではある。(鈴) <今週の執筆者:勝田友巳(勝)鈴木隆(鈴)>

毎日新聞 2008年5月5日 東京朝刊

映画「靖国」:神社が映像削除要請 ドキュメンタリー製作の難しさ
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20080505ddm012040019000c.html
 靖国神社を舞台にした映画「靖国 YASUKUNI」(李纓監督)について、神社側が「誤解させる内容がある」などとして一部映像の削除を要求している。一連の事態は、ドキュメンタリー作りの難しさを浮き彫りにした。【臺宏士】

 靖国神社が製作会社「龍影」(東京都渋谷区)に削除を求める通知書を出したのは4月11日付。

 関係者によると、神社は過去10年間に撮影許可申請を3回受けたが、「靖国」製作のための申請は受理していないという。作品では日本刀を「ご神体」と紹介しているが、「ご神体は日本刀ではない」と否定。映画に登場する神社職員を了解なしに撮影したことなども問題視し、「事実を誤認させるような映像が含まれている」として削除などを求めた。

 これに対して、龍影は4月25日、「靖国神社のご神体は何か」などについて回答を求める質問書を送付。靖国神社は1日付の通知書で、ご神体を「神剣及び神鏡」と回答し、社務所遊就館の内部の映像削除を新たに求めた。

 一方、毎日新聞など各社は4月、出演した刀匠の刈谷直治(なおじ)さん=高知市=と妻貞猪(さだい)さんが「政治的な内容でダメだ。出演場面をカットしてほしい」という意向を持っていることを報じた。3月27日の参院内閣委員会で、有村治子参院議員(自民)は「刈谷さんは承諾していない。本人に確認した」と指摘。出演についての了承の有無に関心が集まった。

 李監督は4月10日の会見で、「2月に入り、この映画は反日映画だという言葉が奥さんの口から出てきた。関係者や神社の意向などを考え、動揺し不安がっていた。具体的に作品について話した上で、奥さんから『これからも上映してください。頑張ってください』と言われた」と反論。龍影も「刈谷さんからは削除してほしいという要請はない」と静観の構えだ。

 この問題は4月14日に東京都内であった「靖国」について考えるシンポジウムでも取り上げられた。講演した映画監督の森達也さんは「刈谷さんが納得できなかったら上映できないのか。そうなると、映画をつぶすのは簡単だ。ドキュメンタリー映画は現実を切り取る。街や雑踏も映る。映った人が削除してほしいと言いだしたら、映像は撮れない。映像メディア全般の問題だ」と訴えた。

 取材協力者の期待に反したドキュメンタリー番組を巡る裁判が最高裁第1小法廷で争われている。

 旧日本軍の従軍慰安婦を取り上げたNHK特集番組(01年1月放送)に取材協力した市民団体「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」が「政治的圧力で事前説明と異なる内容で放映された」としてNHKに損害賠償を求めた訴訟。東京高裁は07年1月、「ドキュメンタリー番組では特段の事情がある場合、編集権より取材対象者の番組への期待と信頼が法的に保護される」と判断し、NHKが敗訴した。

 NHKは4月24日の上告審弁論で「取材対象者の意向に沿った番組を放送するか、放送(制作)しないかという選択を強制するものだ」と反論した。

 ◇「まず見て自分の意見を」−−試写会アンケ回答
 毎日新聞東京本社で先月27日に行われた試写会には72人が来場し、71人がアンケートに回答した。

 祖父が戦死し、靖国参拝の経験があるという横浜市の学習塾講師、小笠原由貴さんは「政治的な意図や反日映画という印象は持たなかった。映像を見て知らなかったことや驚きもあった」と話した。埼玉県ふじみ野市の主婦、北脇満子さん(65)は「反日映画と思っていたが右翼の主張に近いと感じた。一人一人が映画を見て意見を持ち、どういう判断をするかが重要。見る機会さえ失うことが怖い。自分の意見を発言できる社会を維持するためにも上映館が増えてほしい」と要望した。

 千葉市の無職男性(59)は「これを機会に先の大戦のこと、アジアの国々とのかかわりなどについて考え直したい」との声を寄せた。「巧妙に仕組まれた反日映画」との意見もあったが、「政治的中立性は保たれていた」=東京都世田谷区の男子大学生(21)「むしろ靖国礼賛。国内で靖国問題が語られることがいかに少なかったか痛感させられた」=横浜市の無職男性(82)などの意見が目立った。

 一部映画館で上映中止になった経緯については「面倒なことにかかわらないという風潮が社会にまん延し始めているのは危ない」=横浜市の男性国家公務員(39)「表現の自由が形骸(けいがい)化し日本的民主主義の脆弱(ぜいじゃく)さが露呈してきたように見える」=埼玉県草加市の男性教員(54)など、危機感を募らせる意見があった。

   ◇    ◇

 4月18日に新宿区内で右翼系団体対象に開かれた試写会では、「案外、親日的。靖国のことを考えたり、議論することはいいこと」との意見の一方、「とんでもない映画。日本人はもっと怒るべきだ」と話す人もいた。

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◇国会議員の関与、無視できぬ問題−−テレビプロデューサー(現代センター代表)・吉永春子さん

 −−映画「靖国」の感想は。

ドキュメンタリー映画というものは事件、人物を告発したり、状況を切り取ろうとする監督の強い意思が作品に反映されるものだと思う。中国人の李纓監督によるこの映画は「日本人とは何か」「日本人は何を考えているのか」ということを問い、真っ正面からさまざまな人々を見据え、登場人物の発言や背景を考えさせる力のある作品で、内容がなぜ問題になったのか分からない。

 −−靖国神社は無許可撮影で、「日本刀をご神体」とするなど一部映像も事実を誤認させるとして削除を求めています。

靖国神社と製作者の間でどんな約束があったのかは分からない。ドキュメンタリー製作には近年、神経を使うことが増えている。取材した相手には必ず放送についての了解を得るようにしているし、85年の中曽根康弘首相(当時)による参拝取材では2日かけて靖国神社と話した。プライバシー意識の高まりでドキュメンタリーはがんじがらめになっているのは事実だ。その中で一カット、一カット細心の注意を払いながら放送するのは、そうやってでも「伝えたい」という気持ちがあるからだ。そうでないととんでもないところで足をすくわれかねない。

 −−取材相手の了解を得られない時もあります。

◆了解を得られなくてもいいというのは、国民の知る権利に応えるような事件や人物を告発するケースだろう。それだけの価値があるのであれば、知る権利を根拠に議論すればいい。取材相手からの要求を突っぱねたり、作品の意義を説明して説得するなど、監督やプロデューサーが根気強く行う「覚悟」があるかが重要ではないか。プライバシーや肖像権、著作権などたくさんの制約がある中での努力を怠れば、苦労して作った優れた作品であっても揚げ足を取られる議論に終始してしまう恐れがある。

 −−試写会を求めたり、出演者に連絡を取るなど国会議員による関与が指摘されています。

◆国会議員が出演した刀匠側に連絡を取るなど信じられない。監督と刀匠は良好な関係だったと考えられる。いろんな動きが起きて刀匠側も不安を感じることはあるだろうが、両者が誠実に話し合うことで解決すべき問題だ。国会議員が口出しするようではドキュメンタリーは製作できなくなってしまう。製作者側に不安が広がり、「問題のない作品を作ろう」と言い出したら、戦前と同じだ。表現・言論に携わる者として無視できない問題だ。