毎日新聞 2008年5月2日 東京夕刊

シネマの週末・この1本:靖国 YASUKUNI
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20080502dde012070002000c.html
◇中国人監督の見た「神社」
 政治家の横ヤリや映画館の上映自主規制など、大変な目に遭った話題の映画。公開にこぎつけて、めでたしめでたしである。これほど大騒ぎすべき作品かどうかを含めて、興味のある方は、ぜひともご自分の目で確認してほしい。

 中国人の李纓(リイン)監督が10年かけて靖国神社を取材したドキュメンタリーだ。宗教と政治、文化が複雑に絡み合う靖国神社のさまざまな顔を明らかにする。

 横軸となるのは、“現在進行形”の靖国神社。参拝者も反対運動家も熱烈で、両者の主張は相いれない。殺気立ち、時にこっけいな光景の連続で、特異な磁場が生み出されていく。

 そのナマ臭さと、老刀匠が日本刀を鍛える厳かな姿が対比される。刀匠は戦争中、軍人に贈られる「靖国刀」を鍛造したという。日本刀に対する日本人の心性や、靖国神社と戦争の結びつきといった歴史を浮かび上がらせて、これが映画を貫く縦軸となる。

 説明を排して映像を並べ、観客に供するという仕掛けだ。難しい題材をじっくり取材した李監督の努力には敬意を表したい。

 しかし、映画としての出来栄えとなると、いささか心もとない。

 まず冗長だ。説明のない断片的な映像の羅列は、最初こそ刺激的だが、やがて飽きてくる。

 そして、監督の意図が見えにくい。「説明しないこと」は「中立」とイコールではない。映像も編集も選択の結果だ。終盤に戦時中の映像や写真を並べた構成からは、この部分にだけ監督の主張がにじみ出たような印象を受ける。映画全体のバランスを崩してしまった感があり、釈然としない。

 靖国神社について考え直すための得がたい教材であることは間違いない。その意味では、一見の価値は十分以上にある。しかし、「反日的」と見るのは買いかぶり。一外国人の見た靖国神社として受け止めるべきではないか。2時間3分。シネ・アミューズ。(勝)

◇もう一言

 カットのつなぎの悪さ、メリハリがない緩慢な映像など、記録映画として突っ込みどころは満載。だが、ナレーションを取っ払った“演出”など、さえた面も併せ持つ。日本人に思考を促す意欲作ではある。(鈴) <今週の執筆者:勝田友巳(勝)鈴木隆(鈴)>