松沢呉一氏の意見

http://www.pot.co.jp/matsukuro/archives/2008/04/04/%e3%81%8a%e9%83%a8%e5%b1%8b1442%e3%81%9d%e3%81%ae%e5%be%8c%e3%81%ae%e3%80%8c%e9%9d%96%e5%9b%bd%e3%80%8d/

朝日新聞の記事を参照
http://www.asahi.com/culture/update/0403/TKY200804020379.html?ref=rss
有村裕子議員の意見を参照
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/529555/

この文章を起こした産経新聞の原川記者は【有村氏が指摘した中で、映画が出演者らの承諾なしに映像を使用し、靖国神社の許可を得ずに境内で撮影されていた(善し悪しは別として、いかにも中国的!)事実は最も重要な点だと思います】と書いてます。

原則誰でも入れる場所での撮影において、その土地の所有者の許諾を得ないことが中国的かどうかは、日本の映画関係者やテレビ関係者、雑誌関係者の証言を待つとして、出演者の承諾なしに、ドキュメンタリー映像を撮ったことが最も重要な点だというので、これについて私なりのコメントをしておきます。

実のところ、私自身、チラシやパンフに使用されている人物の写真については気になりました。報道のための映像、ドキュメンタリー映画の映像において、私有地であっても、原則誰もが入れる場所での肖像権は問題にはなりにくい。初詣の報道で、風景に写り込んでいるだけでなく、晴れ着の女性がはっきり映されたとしても、肖像権の主張は難しいのではなかろうか。

しかも、この映画では、遠くから望遠で撮っているわけではありません。映画を観ればわかるように、他のカメラもしばしば見えているように、おそらくテレビなどの取材が入っていて、そのことを感得できる以上、肖像権の主張は難しいでしょう。これは肖像権の判例内で判断できることかと思います。

しかし、それをチラシやパンフに使用することについては、単なる報道の領域ではなく、宣伝利用ですから、許諾は必要ではなかろうか。その点につき、「これは許諾をとっているのだろうか」との疑問を抱いたのは事実です。あとは、このようなコラージュとしての使用法が、肖像権侵害になるのかどうかです。ここは私も判断がつきかねます。

続いて、刀匠の刈谷直治氏についてです。ここも議論が分かれましょうが、私は問題なしと考えます。すでに述べたように、靖国刀とその匠を描いた映画であることは事実であって、その部分についてはウソはない。

これについては、従軍慰安婦をとりあげたNHKの番組において、原告が「事前にあった説明と違う編集がなされた」として期待権を主張した例が参考になります。私はドキュメンタリー、あるいはそれ以外の表現においても、期待権なんてものを持ち出すのは大きな間違いであり、これを認めた判決も強く批判した文章を書いてます。

ドキュメンタリー映画にしても、ノンフィクションのルポにしても、予定していた筋書き通りに進むとは限らず、内容の変更はごく当たり前のことです。なおかつ事前に説明できる範囲は限られます。

私自身、インタビューを受けたり、テレビの取材を受けたりする場合、自分が思っていた番組や特集と違っていることは多々ありますが、自分の発言がもとの意図と違うように編集されている場合以外、つまり言葉の同一性が保たれていない時以外、著作権や肖像権の問題として文句を言うのでなく、その番組や特集のありようを批判するまでのことです。裁判に馴染むような話ではないでしょう。

あの裁判で、原告および判決を批判した私としては、ひとたび出演を承諾した以上、その映画全体が自分の意図と合わないことをもって、承諾した事実を否定することも撤回することもできないとするしかない。出演を承諾したということはドキュメンタリー映画のキャストになるということです。ここにおいても、あとは、宣伝用のチラシ、パンフ、広告などに名前をクレジットされることの是非が論じられるだけでしょう。映画出演の承諾は、宣伝物に名前を使用されることの承諾を含まないという立場もありそうですので。

原川記者が「最も重要な点」とする肖像権については、宣伝物に利用する問題が残るだけですから、改めて承諾をとるか、今後、宣伝物に名前や写真を使用しないことで解決ってことかと思います。

なお議論がなされる必要があるかとは思いますが、NHKの裁判において期待権を支持した人たちは、この点において「靖国 YASUKUNI」を批判するしかないでしょうし、期待権を否定した人たちは、この点において「靖国 YASUKUNI」を批判することは難しいでしょう。さあ、皆さん、どういう意見を言うのか、楽しみです。